
基本情報
| 指定 | 第6次国家級風景名勝区「紫鵲界棚田・梅山龍宮」の一部 |
| 省 | 湖南省 |
| 地図上の位置 | 湖南省中部、新化県 |
| 山 | 雪峰山脈 |
| 緯度・経度 | 27.6, 111.0 Google マップ |
| 見どころ | 棚田、鍾乳洞、雲海 |
| 面積 | 50km²余り |
| 最高地点 | 1,585 m |
| 周辺の都市 | 婁底(湖南省)、長沙、鳳凰 |
| 周辺の景勝地 | 梅山龍宮 42km、桃花源 132km、崀山 146km、衡山(南岳) 178km、武陵源(張家界) 189km 周辺を検索 |
| テーマ | 洞窟、カルスト、渓流、文化・歴史、山、雲海・日の出、少数民族文化、古村落・民家 |
概要
湖南省中部の新化(しんか)県にある紫鵲界(しじゃくかい)棚田・梅山龍宮(ばいさんりゅうきゅう)風景区は、第6次の国家級風景名勝区である。
棚田は新化県水車(すいしゃ)鎮の錫渓(せっけい)地区と奉家(ほうか)鎮の双林(そうりん)地区にあり、雪峰山(せっぽうざん)中部の奉家山の山系に属する。総面積は50km²余りで、そのうち13km²以上の棚田が紫鵲界の周辺に集中し、主に白水、龍普(りゅうふ)、石豊(せきほう)、金龍の四つの村に広がる。水車と奉家を結ぶ道路が棚田の間を10km余りにわたって曲がりくねる。棚田は標高500mから1,000m余りの十数の山に連なり、最も大きい田でも1畝(ムー)に満たない。紫鵲界は雨が多く湿度が高いので、錫渓河の一帯では四季を通じて雲海が生まれ、雲海や日の出を見るのによい。棚田は2,000年余りの歴史を持ち、ミャオ族、ヤオ族、トン族、漢族の農民が築いたもので、高さ、規模、形の美しさで知られる。紫鵲界の裏側には一万畝の金銀花(スイカズラ)の畑と、ヤオ族の48の集落の跡がある。
梅山龍宮はカルストの鍾乳洞で、確認された長さは2,876m、うち地下河が466m、洞窟は9層に重なる。主な見どころに峡谷雲天、哪吒出世、玉皇天宮、天宮仙苑、遠古河床がある。
旅行案内
交通:最寄りの大都市は長沙。長沙から高速鉄道で婁底(ろうてい)へ行き、バスに乗り換えて新化県まで約1時間。新化県から水車鎮の紫鵲界まで約40km、車で約1時間。梅山龍宮は油渓(ゆけい)郷にあり、棚田からさらに距離がある。
構成:紫鵲界棚田は標高500mから1,000m余りにあり、水奉公路が棚田の間を曲がりくねる。梅山龍宮はカルストの鍾乳洞。周辺には大熊山、油渓の川下り、資江の景観もある。
棚田:龍普と石豊の棚田が最もまとまっている。道路沿いの展望所で車を止めるか、村と村の間を歩く。
梅山龍宮:9層の鍾乳洞で、確認された長さは2,876m。見どころはカルストの造形で、有料で見学できる。
所要時間:棚田は1日、梅山龍宮も見るなら2日。
季節:春は田に水が張られて一面の水面となり、初夏は新緑、秋は稲が黄金色に実り、冬はよく雲海や霧が出る。日の出と雲海を見るなら早起きする。
宿泊:一帯はまだ開発途中で、多くの人は棚田のそばの農家に泊まる。水車鎮には小さな宿があり、よりよいホテルは新化県城にある。
周辺:一帯には梅山文化の遺跡がある。西には懐化、張家界、東には婁底、韶山がある。
注意:山は霧が多く、道は狭い。雨季は畦がすべりやすいので、田に入らないこと。
旅行情報
ルート:長沙 – 婁底 – 新化 – 水車(棚田) – 油渓 – 梅山龍宮。棚田は無料。宿泊:棚田はまだ開発途中なので、地元の農家に泊まる。
地図

紫鵲界
紫鵲界は雪峰山中部の奉家山の山系にある。この山系は標高1,585mの風車巷(ふうしゃこう)山を起点に北東へ扇形に広がり、1,000mを超える峰が30余りある。紫鵲界はもと止客界(しかくかい)といい、標高1,236m。水車鎮から奉家鎮を越えて漵浦(じょほ)県へ向かう道で最初に越える峰で、石畳の道がジグザグに登り、高低差は600m余りある。
1508年、飢饉からこの地でヤオ族が蜂起し、戦いは70年に及んで無数の死傷者が出た。その後、善人が無念の死者の霊のためによく紙銭を焼いたので、この地は紙銭界(「紙銭の峠」)と呼ばれるようになり、清代には紙鵲界と呼ばれた。近年、学者が紫鵲界(「紫のカササギの峠」)と改め、この名が定着した。
季節風気候がはっきりしていて雨が多く、植生がよく、土地の保水力が高いので、地下水が豊富である。南東へ流れる20余りの谷川は錫渓に集まり、大洋江を経て資江に入る。北西へ流れる9本の谷川は渠江に集まる。谷川の総延長は120kmに及ぶ。山頂の森林、割れ目の少ない堅い花崗岩、雨を吸ってむらなくしみ出させる砂壌土が、すぐれた天然の貯水システムをなし、土1m³あたり0.2〜0.4m³の水を蓄える。年間降水量は1,600mmで、近くの平地より200mm多く、田の水が不足することはない。地表の水が豊かで湿度も高いため、天気は変わりやすく、雲や霧がよく出る。
棚田
棚田は地形、地質、土壌の特徴を生かし、斜面にはめ込むように築かれ、しみ出す泉の水で灌漑される。小さな泉の一つ一つが、土の隙間、岩の割れ目、小さな水路、田からなる独自の灌漑系統を持ち、山腹全体がこうした灌漑群の寄せ集めとなっている。棚田一枚ごとの長さ、幅、段差は地形に合わせてあり、幅はふつう1〜3m、段差は1〜1.5mで、安定と保水に役立つ。灌漑群の大きさは泉の水量と斜面の勾配で決まり、水は十分にありながら急流にはならず、丁寧に築いた畦が土の流出を防ぐ。低い山の頂の棚田には、土に埋めた竹管や樹脂管で高い所から水を引くか、谷川の水を斜面に沿って掘った水路に引き込み、段ごとに灌漑する。実に巧みな仕組みである。
龍普と石豊の棚田は、急な斜面、緩やかな斜面、大きな斜面、小さな斜面を覆い、天地の間に幾重にも重なる。数千畝が連なり、数百段が積み重なって、山頂から谷底まで掛け渡したはしごのようである。棚田の南の錫渓河では、霧や急な雨の後に年60日以上雲海が生まれ、山々の間を流れて棚田の上に漂う。日の出には朝焼けと白い霧が照り映え、色は刻々と移り変わる。
龍普の棚田は二つに分かれる。東側では高みから南を望むと、棚田が尾根という尾根を覆い、雄大でたおやかである。とりわけ夜明けには日の光が田に満ち、田の間の板葺きの家々から炊煙が薄い霧の中へ立ちのぼり、近くははっきり、遠くはかすんで見え、その間を道路が曲がりくねる。西側の瑶人冲(ようじんちゅう)の棚田はかつてヤオ族の集落で、高みには今もヤオ族の岩屋二つと石積みの家の跡が残る。棚田は二つの尾根の間のくぼみを埋め、西の尾根は麓から頂まで200段余りの棚田となっている。
石豊の棚田を霊公廟から見下ろすと、小山を一つずつ巻くように連なり、衆星が月を囲むようである。黄鶏嶺(こうけいれい)から振り返るといっそう壮観で、黄鶏嶺の300畝の貢米の田、老荘と龍湘の棚田が山並みに沿って続いていく。
長石の棚田は紫鵲界で最も広く、層が最も豊かで、形の最も美しい棚田である。斜面と尾根を幾重にも覆い、一段一段が細やかなさざ波、一重ね一重ねが鱗のような波紋である。近くで見れば畦が縦横に走り、見上げれば天に登るはしご、見下ろせば水面がきらめき、曲がりくねる畦は水墨の山水画のようである。
白水の棚田は斜面に沿ってへこみ、ふくらみ、大きく小さく、長く短く、明るく暗く、あるものは三日月を重ねたように天まで達し、あるものは大蛇が山を駆けるように広がる。曲がりくねる畦は仙人の筆で描いたかのようである。
来時坳(らいじおう)から丫髻寨(あけいさい)までの間には12の尾根が次々と起伏し、そこに開かれた数千畝の棚田は金龍棚田と呼ばれる。
その他の見どころ
百牛凼(ひゃくぎゅうとう、「百頭の牛の窪地」)は、水車鎮の最高峰である風車巷の北斜面、奉家鎮との境にある。数百畝の奇妙な地形で、高さ数mから十数mの小山が百ほど並び、その間から泉が湧いて小さな湖となり、小川となって奉家の方へ流れる。土地坳から見下ろすと、百頭の仙牛が水の中で遊んでいるように見える。
東麓の楼下村には唐代に植えられたと伝えられる樹齢千年の樟(クスノキ)がある。高さ28m、幹回り7.5mで、高さ4mのところに空洞があり、積もった腐葉土から碗の口ほどの太さの若木が生えて、木の中の木となっている。地元では霊が宿るといわれ、豊年には茂り、凶年にはしおれるという。人々は子どもをこの木に「預け」て守ってもらい、毎月一日と十五日には線香の煙と爆竹の音が絶えない。
龍湘村と正龍村の境にある龍王潭は、濃い緑色の三つの淵が滝でつながったものである。長さ3m、幅0.5mの天然の石橋を渡って上の淵へ行ける。川床は一枚の岩で、水に削られた形をしている。中の淵と下の淵の間の滝は幅8m、高さ3mで、そばに龍王廟がある。
白旗峰(はくきほう)はもと石龍山といい、標高1,465m。山々に囲まれ、四方の眺めがよい。仏教を信じたヤオ族が北宋の元豊年間の初めにここに観音閣を建てた。1414年、幼いころから武当山で修業した羅普通・羅普道の兄弟が九十歳で故郷に帰り、観音殿の隣に祖師殿を建て、峰の名を白旗峰と改めた。以来、鐘や太鼓の音が絶えず、参拝者でにぎわった。清の乾隆年間には僧普佰(字は彩彩)が人々を率いてここで修行し、「一日に砕銀二升が入る」といわれるほど栄えた。彩彩は幅五尺、長さ700m余り、240段余りの石畳の道を築き、自らの墓も造った。墓は直径11m、高さ2.5mで、内部にアーチ形の墓室があり、石の扉の上には「弥無不夜」の四字が刻まれ、頂には欄干を巡らし、中央に「彩彩和尚墓」と刻んだ三層の石塔が立つ。彩彩は1773年に没し、宮殿のような瑠璃瓦をかぶせた石棺に納められ、一枚岩で封じられた。石棺は文化大革命で壊され、石の台だけが残るが、婁底市で最も大きく保存のよい僧の塔墓である。祖師殿は1586年、1820年、1880年に修理され、2001年に村人が集めた10万元で再建された。石の壁に瑠璃瓦の軒をのせ、隣には木造の観音殿も復元された。殿の前には「鎮殿神亀」と呼ばれる奇岩があり、長さ約8m、甲羅は1m余り盛り上がり、模様は本物の亀と変わらない。
水車鎮上渓村の楊氏宗祠は清代の建立で、西向きのれんがと木の建物が中庭を囲む。敷地は1,368m²、建築面積は2,166m²で、戯楼、正殿、両側の脇棟が長方形の中庭を囲む。正門の牌楼は柱八本、門三つで、斗栱を組み、重層の入母屋造の屋根をのせる。両側には抱鼓石と、楊世福が書いた「環青堂甘泉記」の石碑がある。祠の中には扁額、柱聯、花嫁のかご、そして双龍が珠と戯れる図の精巧な透かし彫りの木彫が伝わり、梁、扉、窓、壁には鳥獣や草花の彫刻と絵が豊富にある。
大熊山国家森林公園
大熊山(だいゆうざん)国家森林公園は新化県北部、県城から70km余りのところにあり、面積は76km²、主峰の九龍峰は標高1,662m。イチイ、ウンピョウなどの希少な動植物があり、樹冠が320m²余りに広がる樹齢千年のイチョウもある。
油渓の川下り
油渓(ゆけい)は県内で資江第二の支流で、水が油のように澄んでいることからこの名がある。漣源市の交老嶺に発し、67km流れて油渓村で資江に合流する。流域面積は719km²、落差は281m、平均流量は毎秒16.84m³。上流の車田江ダムは川の東の六つの郷鎮を灌漑し、中流には五つの水力発電所が階段状に並ぶ。
油渓は深く奥まり、源も出口も山、上流も下流も峡谷である。両岸には緑の山がそびえ、断崖が空を突き、川筋は曲がりくねって神秘的である。数百の岩峰が真珠の首飾りのように川に連なり、月光岩、星子岩、金子岩、紅岩、青岩、横岩、雄獅岩、猩猩岩、筍芽岩、剣龍岩、穿門峡、虎門峡、将軍峡、仙人峡などがある。山は茶畑と竹林に覆われ、空気はすがすがしい。井眼口の泉は夏も涼しく、青龍寺は神秘的な趣を添える。古い青龍風雨橋と双橋の伝説、澄んだ水、連なる緑の山、田畑と点在する農家が一幅の絵をなしている。
資江
資江(しこう)は広西の資源県に発し、漓江と源を同じくし、水の清らかさで知られる。冷水江市から新化県に入り、茱萸江(しゅゆこう)とも呼ばれ、古代の梅山文化の母なる川である。県の中央を九つの郷鎮にわたって91km流れ、落差は26m、曲がりが多く早瀬が急である。県内の主な支流は大洋江、油渓、朱渓、梅渓、渠江で、流域面積は3,112.5km²。1961年に柘渓水力発電所ができてから、県内の区間は湖のような貯水池となり、水域は14.99万畝(110km²)、両岸の最大幅は1.27km、湖岸線は630kmに及ぶ。
川沿いには天子山、五獅山、仙鶴岩、石六山、紫雲庵、蘇湖の観音望月の八大景観があり、百里の貯水池に山、水、泉、洞窟がそろう。
新化北塔は七層八角のれんが造りの塔で、高さ46m。石の欄干を巡らした基壇には唐の十八学士の像が刻まれ、各層には短く反り上がった軒がある。龍の頭と魚の尾をかたどった石の舫(ふね)がはめ込まれ、相輪は金属で鋳造されている。南向きの入口の対聯は「正欲憑欄舒遠目、直須循級上高頭」(欄干に寄って遠くを眺めたいなら、段を一つずつ踏んで頂まで登るがよい)と、一歩ずつ頂上まで登るよう勧め、アーチの上には「北門鎖鑰」(北門の鍵)の四字がある。
羅盛教(ルオ・ションジャオ)の旧居は圳上(しんじょう)鎮の桐子村にある。羅盛教は1952年、川に落ちた朝鮮の子どもを救って亡くなり、特等功臣とされた。記念館は県城の資江橋のたもと、西岸にある。
写真:紫鵲界棚田:Huangdan2060(CC BY 3.0、ウィキメディア・コモンズ)
周辺
| 世界遺産 | 崀山 146km、老司城遺跡 176km、武陵源(張家界) 189km、梵浄山 224km |
| 国家級風景名勝区 | 紫鵲界棚田・梅山龍宮 21km、虎形山と花瑶 33km、白水洞 41km、潙山 127km |
| 詳しい紹介 | 梅山龍宮 42km |
| 5A級観光地 | 花明楼景区 170km、天門山景区 188km |
| ユネスコ世界ジオパーク | 湘西ユネスコ世界ジオパーク 158km、張家界ユネスコ世界ジオパーク 188km |
| 都市 | 鳳凰 134km |
| 全国重点文物保護単位 | 紅二軍団長征司令部旧跡 18km、魏源故居 26km |
| 国家地質公園 | 湄江国家地質公園 84km、鳳凰国家地質公園 143km |
| 自然保護区 | 黄桑国家級自然保護区 94km、借母渓国家級自然保護区 118km、高望界国家級自然保護区 137km、小渓国家級自然保護区 140km |